猫屋敷の徒然country diary

伊豆の片田舎に住む猫好きが徒然なるままに書き綴ります。

しゃぎりの夜

 

コンチキチキチと鳴らすのは京都の祇園祭

ラッセーラねぶた祭り
祭りの音は古今東西

 

水の町・三島の祭りはチャンチキチ。

 

とろろこぶのような梅花藻がゆらめく湧水の小川は、晩夏の日差しに透明な光をキラキラさせ、三嶋大社の方からはしゃぎりの鉦がそよ風にのって街道の柳を揺らす。

三島の夏を締めくくる「三島大祭り」には、老若男女が昼間から浴衣姿でそぞろ歩く。

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駅前の大通りから神池まで延々と伸びる夜店の列や昔ながらのお化け屋敷、山車の煌びやかな提灯がぼんやりと夜空を照らし出す夜、人混みは一路、三嶋大社の大鳥居前へ。

そこに集まりたるは絢爛豪華な山車の数々。

「昇殿」「荷崩し」「屋台」など伝統曲が鳴り響き、各町を代表するしゃぎりの音色が戦いあう三島大祭り名物「競り合い」。

しゃぎりの競り合いの音の大渦が、物凄い質量と速さで聴衆を包み込み、熱気が夜空に噴き上がっていく。

 

この音を聴かなければ、三島の夏は終われない。

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夏の惑星

夏に生まれたわたしは、どんなに暑くてもだるくなってもどうしたって夏が好きでしかたない。

抜けるような青空や入道雲も。

蝉の声も。

川面がきらきらするのも。

山や森の草いきれも。

アスファルトの逃げ水も。

夏練帰りの白い制服も。

一面の青稲が草原みたいにそよぐのも。

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田を渡る風や蝉の合唱、沢のせせらぎに耳を傾けている時、あるいは木陰で午後のぬるい風にわずかばかりの安らぎを感じる時、「ああ、自分は夏のこどもなのだと」と改めて思う。

これはあの頃を思い出すとか現在と断絶されたノスタルジーとは少し違って、普段意識していないだけで常に心のどこかにある感情なのだと思う。

例えるなら夏の惑星にひとりぽつんといるのに、つま先から頭のてっぺんまでをぴったりと宇宙のように大きなものに包まれている感覚。

孤独を感じる隙もないほどの多福感、生を肯定され心の隅々まで夏の生命に満たされて、あるいは自身もまた夏という巨大な生命体のひとつの細胞としてそこにあるようなあの感覚。

生きている実感。

わたしは夏のこどもらしく、いっとき全てのしがらみを忘れて、夏の惑星に同化するのだ。

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ところで、

ここ2年ほど我が家の窓にカブトムシが来ていない。

日陰にいても熱風が頬を撫でた。

水を張らずに荒れたままショベルカーが来るのを待つままの田が増えた。

河岸の土手はコンクリでのっぺりした。

冷房の効いた部屋には、風に揺れる風鈴の音も響かない。

蚊は相変わらず不快な羽音をさせている。

 

クーラーで冷えたオフィスから見る夏は、驚くほど遠い。

美しい夏の惑星が自重で崩壊してしまうとしたら、わたしの中の夏のこどもも一緒に姿を消すのだろう。

 

 

 

 

 

 

薄荷味のキャンディ

中学校2年生の頃だから、随分昔になる。
その年の夏、苦手だった薄荷味のキャンディが突然食べられるようになった。
 
それまでは夜店の薄荷パイプも薄荷糖も苦手で、ドロップ缶に入っていた薄荷味なんかは、 透明な宝石みたいな赤や緑のキャンディの中に一つだけただの石ころが混入してしまったかのような味気なさで特に好きではなかったのだ。

 

それは透明な種類の薄荷キャンディだった。

中にはビー玉みたいにうっすらと一筋黄色やピンクのラインが入っていて、それぞれ柚子と梅の風味がほんのりつけられていた。

キャンディを頬張りながら自転車に乗れば、 風がひんやりと喉元で回転して鼻から抜けていくのを感じて心地よい。
口の中で広がる薄荷のほの甘い味と柚子の香り、その時、ふと子供だった自分が少し大人に近づいたような心地がした。
背も伸びたし、服装も少しティーンらしいものに変えた、ファッション雑誌を読むことも増えたし、好きな異性の話題も口の端にのぼることもあった。
しかし不思議なことにそれでも私にとってこの瞬間が、 自分が一歩大人になったと気づいた瞬間だったと思う。

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川沿いの堤防で自転車を止めて、キャンディを初夏の青空に翳してみれば、かつて宝石に紛れ込んだ石ころのように思えた薄荷キャンディは、 日の光を透かしてキラキラと光る紛れもない宝石に見えた。

今では薄荷味( これは大事なことなのだがガムや西洋のキャンディであるミント味 ではない)が好きで、特に昔ながらの練り上げた不透明な薄荷飴を愛している。
あの頃は大人の象徴だった薄荷のあのうす甘い清涼感は、今では大人になる前の、透明できらきらしてたあの頃を思い出す優しいノスタルジーの味になっているから不思議だ。 
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4月の桃源郷

陶淵明「桃花源記」に描かれた仙境・桃源郷
4月の初め、果樹の生産で名高い笛吹は、まさに桃源郷と呼ぶにふさわしくそこここの畑に桃色の花が咲き乱れるユートピアのようだ。

 

土地の色、というのだろうか。

まだ役目の前の眠りについている桃狩り・ぶどう狩りの手書き看板と、遠く薄い藍を履いたようなアルプスの峰を背景に広がる淡い緑の下草と桃の花、そして時折伸びる菜の花や野草の色彩が、春霞も相まってやさしく柔らかな春のカラーパレットを作り出している。

これがきっとこの土地の春の色なのだろう。

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果樹栽培を生業とする土地のいわば副産物である桃の花畑。だからだろうか、これほどの美しい景色でありながら天然の無防備さと飾らなさがとても良い。

 

せっかくなので勝沼のワイン醸造所にも立ち寄った。ワインはよく飲む方だが、国産ワインは口当たりがまろくて好きだ。料理の味にそっと合わせてくれるようなそんな人当たりの良さを感じる。

勝沼はワインの産地ゆえか、どこか異国然とした雰囲気が漂っている不思議な土地である。

今は寂しい葡萄畑も、夏には宝石のような葡萄の実を抱きながら旺盛な緑が茂り、実りの秋には燃えるように色づくだろう。

訪れた丸藤ワイナリーで、ルヴァイヤードの赤と、店頭で目を引いたやさしい色味のオレンジワインを買った。

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桃源郷の春、そこは色彩で溢れていた。

 

 

 

 

秋の色

秋の色と言って思い浮かべるのは何色だろう。

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くすんだ赤、煉瓦色、葡萄色。

蔦や漆、紅葉の緋色。

腐した枯葉や小枝を含む土の濃茶色、あるいは乾いた木々の幹の灰茶色。

そしてなんといっても稲穂や公孫樹、全てを包む斜陽の熟れたような深い金色。

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なぜだろう。

夏の暑い盛りの山々は青々と茂っているのに、風が冷たくなるにつれ、空気が澄んで霜も降りる寒い時期になるにつれ、山々の彩りは黄色や赤や茶色など暖かみのある暖色系になってゆく。

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秋の色は暖かく、どこまでも深い。そして黄昏の頃には、全てが金色の光に染まるのである。

 

わたしの好きな映画音楽で「On the golden pond(黄昏)」のテーマ曲がある。

この穏やかなピアノの音色と寄り添うようなオーケストラのハーモニーを聴くと、わたしの頭の中はいつも憧憬にも似た胸を締めつける幸福に包まれる。その時、瞼の裏に染み込むように広がる音色はやはり、秋の黄昏のような金色をしているのだ。

 

季節も人も、季節を重ねるにつれ彩り、深くまろやかに熟していくのだと思う。

わたしもこれから、この秋の幾重にもかなさる色彩のように深く優しい時間を重ねて、そして穏やかな金色の光に胸を満たされる黄昏のために、心のありようを熟成させていきたい。

ハロウィンの夜のバタードラム

10月も半ばを過ぎる。

空は益々明瞭になり、色づいた木々が風景に彩りを添える午後、涼しい風に運ばれてくすんだ枯れ葉が街路に吹き溜まる、そんな気持ちの良い秋。

 

家々や商店の軒先に丸々と熟れた橙色のカボチャたちが目につくようになると、少しずつ街の気配が怪しく浮き足立つ。

ハロウィンが近いのだ。

 

私はケルト由来のこのアメリカの行事が、子供の頃から好きだった。

お化けに仮装することや怪しい儀式じみたお菓子のプレゼント、日常と非日常、良いものと悪いものがひっくり返ってしまうあの不思議な感覚がとてつもなく好きなのだ。

小学生以来本格的な仮装をしたことはないが、その代わりにハロウィンの日は、カボチャのケーキやら料理、怪しげな外国のお菓子なんかを食べながらホラーやファンタジー映画を観るようにしている。

 

この時観る映画は本格ホラーではなく、ちょっとジョークじみたものや、少年少女が活躍するものが良い。

映画の中の少年少女たちと一緒になって、不気味なカカシの立つトウモロコシ畑をさ迷い、幽霊屋敷に悲鳴を上げて、殺人ピエロや怪物と戦う。

行ったこともないアメリカの、乾いた秋の田舎町の空気感を存分に味わううちに、心はいつの間にか海賊の冒険や魔女の森に想いを馳せる少女の頃に戻っていく。

 

ハロウィンの夜。

映画をはしごして、気付けば夜中の12時。

怪奇な夜はもうおしまい。

 

ハロウィンの締めくくりには、熱いナイトキャップを一杯やろう。

耐熱ガラスにバターと砂糖と塩少々。シナモンとナツメグを振り入れて、ラム酒を人差し指の一関節分。熱いお湯を注ぎいれて、バターが溶けて蓋になったら、香り高くてほんのり甘いホット・バタード・ラムの出来上がり。

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熱々なホットカクテルを飲んでいるうちに、少女の仮装はいつしか解けて、大人の深い秋の余韻が胸を満たしていく。

秋の足音

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葛の紫の花が咲いた

彼岸花のつぼみがふくらんだ

 

ヘチマの黄色い花が咲いた

ほら、畑の端っこにケイトウの花が見える

 

すすきの穂 荻の穂ふさふさ

えのころ草ころころ

 

稲の穂が黄色なってきたね、

重くなってきたね

そろそろ桑の実なるころかしら、

アケビがなるころかしら

 

どんぐりころころ

栗いがいが

 

柿の木 柿の実 垣の内

熟れてぽとりと落ちました

 

露草 萩の花 あかまんま

野にも里にも秋の足音

 

ほら、かかしの帽子の上

赤とんぼがとまっている

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